この記事では、代表の私がWeb制作を始めた経緯やソーイ設立の流れを、私自身の経歴を少し振り返りながらお話ししたいと思います。
ソーイはフリーランス時代から使っている屋号です
ソーイという名前は、私がフリーランスだった頃から使っている屋号です。由来は語るほど面白いものではありませんが、「創る意味を大切にする」という想いから、「創」と「意」を取って「創意」→「ソーイ」としました。
電話で社名を伝えると「ソウイさんですね?」と言われることも多いので、「真ん中を伸ばしてソーイです」とお伝えしています。最近では聞き返される前に自分から「真ん中を伸ばしてください」と伝えています…。
専門職への憧れの原点と私の前職
私は4年制大学を卒業後、自動車業界の企業に就職しました。Web業界ではありません。自動車メーカーのグループ会社で、車のカスタマイズ企画を担当していました。もともと車が好きだったこともあり、会社の雰囲気もとても良く、楽しく働くことができました。
6年半勤めましたが、実は1年目の頃から「いつか自分の屋号を持ちたい」と思っていました。何か専門的なスキルを持つ人に強く憧れていたのです。思い返せば、高校1年生のとき、入学から1ヶ月で「声優の専門学校に行くから学校を辞める」と言って学校を去った同級生がいました。
当時担任が「お前ら今後の方針について作文を書け」とのことで、皆どこの大学を目指すのかなど作文を書いたのですが、その同級生は「僕はこの学校に来るべきではなかった」の一文から始まる強烈な作文を書き、なぜか皆の前で読まれていました…。
彼は物静かな人物だったので冴えない同級生ぐらいにしか思っていなかったのですが(大変に失礼です…)、その決断が妙にかっこよく見えました。もしかしたらあれが、私の中にある「専門性への憧れ」の原点だったのかもしれません。
ただ当時は特にやりたいことも見つかっていなかったので、大学進学した後、就職活動では、車関係、空間制作(インテリアやイベントブース設計)、楽器関係の3つに絞って活動しました。どれも本気で興味があった分野です。その中で最終的に、トヨタ系のカスタムカーブランド企業に就職しました。
Web制作を始めたきっかけ
Web制作を始めたきっかけは、実はとても偶然でした。もともと独立願望が強かった私は、29歳で半ば勢いで会社を辞めました。辞めると宣言したときは、これをやろうと、というものがあったのですが、具体的な計画があったわけではなく、30歳を目前にして半ばニートのような状態になってしまいました。
時間だけはあったので、「何かやろう」と思いました。
当時「独立」や「起業」という言葉に強く惹かれていた私は、「会社を作る人って、どんな人生観で生きているんだろう」と気になり、社長インタビューサイトを運営することにしました。ところが、制作を外注するお金がないことに気づきます。「なら自分で作ろう」と思い、そこからWeb制作の学習を始めました。
今思えばかなり雑なレベルでしたが、簡単なWebサイトは作れるようになり、社長インタビューサイトを立ち上げました。身近な人から始め、徐々に知らない方にもアポを取り、さまざまな経営者にお会いしました。(現在はサイトはクローズしています。)
一方で、インタビューサイトからは収益は生まれないので、何かせねばと思いました。
そこで、インタビューサイトを自分で制作した経験から、Web制作の経験ができたので、それを仕事として始めることにしました。高校生のときから憧れていた「専門職」です。当時のスキルは今からするとかなり雑でしたが、小さな案件から少しずつ始めました。いただいた仕事を一つひとつ丁寧にこなす中で、スキルと対応力を磨いていきました。
この時期には、本当に多くの方に助けていただきました。「人として信用できるから」とそれだけで毎月仕事をくださった方、紹介してくださった方、ビジネス面で支えてくださった方。
この場を借りて、改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
なぜ法人化したのか
フリーランスが法人化する理由として、節税などがよく挙げられます。しかし私の場合、そういった理由ではなく、当時インタビューで出会ったある経営者の人生観に突き動かされる形で法人化しました。
その方は歳の近い学歴が中卒の経営者でした。その方の人生に対する強い覚悟や熱量に、大きな刺激を受けました。録音した音声を何度も聞きながら文字起こしをしているうちに、「自分もやらなければ」という気持ちがどんどん湧いてきました。
「いつか法人化したい」ではなく、「今だ」と思い、すぐに行動に移し、インタビューから2週間後にはソーイ株式会社を設立していました。法人化によって体制が大きく変わったわけではありません。しかし、自分のマインドや経営に対する向き合い方は明らかに変わりました。
法人化そのものよりも、それを決断したことが自分にとって大きな意味を持っていたのだと思います。
YouTubeを始める
法人化から3年後の2019年。
私は、このままWeb制作一本でいくのか悩んでいました。経営面としてもう1つの柱を持っておきたいと考えていたのです。そして、教育事業への展開を考え始めました。
当時具体的な構想はありませんでしたが、「まずはやってみよう」とYouTubeチャンネルを開設しました。内容はWeb制作学習者向けのコンテンツです。このときもインタビューサイトを始めたときとほとんど同じ気持ちだったと思います。収益のためにやるというよりは、まずは興味のあることに足を突っ込んでみる精神です。
そしてこんなものは勢いだと言わんばかりに最初の3ヶ月で約100本の動画を投稿しましたが、登録者は69人…。なぜこのときに心が折れなかったのかは自分でも分かりませんが、「1年は絶対続ける」と決めていました。
1年後には4000人近くになっていたので、その後も続ける決意をして、5万人を超えることができました。YouTubeからの収益は大してありませんし、YouTuberと名乗れるほどのものではないと思っていますが、自分の中では1つの成功体験ということにしています。(今は本当にたまに投稿する程度です)
教育事業へ
2021年12月、Web制作学習プラットフォーム「unazuki」をリリースしました。
学習教材は世の中にたくさんありますが、YouTubeで学習者向けのコンテンツを作り続けて「教育側に立ったときの自分の新たな価値」を感じることができたことが現在のunazuki運営に繋がる原体験でした。YouTubeチャンネルの運用は私に新しい価値を与えてくれるとても大きな存在だったわけです。
もっともYouTubeを開始してしばらくは、unazukiのようなサービスを開始することは全く考えていませんでしたが、続けていれば見えてくるものがあるのだなと今振り返っても改めて感じることができます。
果てしない旅路
Web制作は、私が独立当時思っていた以上にかなり奥が深い仕事です。
やればやるほど、自分が知らない世界がどんどん広がる宇宙のような存在にすら見えてきます。そして環境も技術もトレンドも変わり続けます。その変化に適応し続けることが求められます。
Web制作の現場に立つことを決めたのと同時に、私は知らぬまに終わりなき果てしない学習の旅路に出ていたことに少し後になってから気づきました。ただそれは大変でもありますが、同時に、この仕事を飽きさせない理由でもあるのかもしれません。
まとめ
自分で書いていてこれまで歩んできたことを振り返ることができ、物事にはどこかに原体験があるものだなと考えさせられました。そして原体験には、たまたま出会う原体験もありますが、自分が行動するからこそ出会える原体験があることにも気づきました。行動するって大切ですね。
そして私もそういった、誰かの人生を動かす原体験の一コマになれたら嬉しいですね。
何だか初心に帰れた気がします。
これからも、初心を忘れず、しかし常にアップデートしながら進んで行こうと思います。